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4 December 2022

幾何学模様(Kikagaku Moyo)| Bandcamp Daily インタビュー

 



幾何学模様(Kikagaku Moyo)を初めて観たのは2014年吉祥寺のWARPだった。2013年から始まった東京サイケフェスもその頃にはもう国際的になっており、ブリスベンやインドネシアのバンドの面々が出番を終え客席から他バンドを盛り上げる等、本当に楽しそうで若さが眩しかったのを覚えている。

そんなわけで2022年12月3日のファイナルショーが終わってしまい、(きっとまた戻ってくるという予感はありつつ)幾何学模様の残したレガシーについてずっと考えている。目黒パーシモンホールのMCで桂田氏は「僕たちは自分でレーベルをやって、自分でマネジメントをやって、この場で一緒に時間を共有するところまで出来たっていうのが僕らの財産かなと思います」とコメントしていた。海外進出するバンドは数あれど、幾何学模様は自主レーベルでツアーのロジ周りからマーチのデザインまですべてDIYでやってのけた唯一無二の日本のバンドと言ってよいはずだ。

今回選んだBandcamp Dailyのインタビューでは、彼らがなぜ自主レーベルから3作目をリリースすることになったのか等、幾何学模様の苦難の歴史についても触れられているので、彼らの残したレガシーとして後に続く日本のバンドのためにも翻訳しておくことにする。

【元ネタ英語記事】A Farewell to Kikagaku Moyo, Psych Lords of Japan(2022年8月9日)

以下、当サイトによる翻訳


10年前バンドを始めた頃に決めた目標のことを幾何学模様(Kikagaku Moyo)のメンバーは覚えている。世界を見て回り、オースティンサイケフェス(※現レヴィテーション(Levitation))のようなサイケデリックロックのイベントでプレイしたいと考えていたのだ。

「で、気付いたんです。やりたかったことはほぼ全て実現させたって。いや実際、それ以上ですね」アムステルダムの自宅からビデオチャットで繋いだドラマーのGo Kurosawaが言う。

「アメリカのバンドって大体『ビッグになれ、成長しろ!ハイ次!前進あるのみ、絶対止まるな、終わっちゃダメだ」みたいな感じですよね」ギタリストのTomo Katsuradaが、同じくアムステルダムの自宅から笑いながら付け加えた。「そういうのすごく資本主義的だと思うんです。どうして終わりにして新しいことができないのか?って」

それはまさに幾何学模様が5枚目にしてファイナルとなるアルバム<Kumoyo Island(クモヨ島)>(2022年5月に自主レーベル<Guruguru Brain>からリリース済) のレコーディングの最中に決めたことだった。決して妥協を許さないバンドの姿勢によって、幾何学模様の5人(Katsurada、Kurosawa、Kurosawaの弟Ryu、Kotsu Guy、Daoud Popal)は、この10年で東京のアンダーグラウンドロックシーンを代表する世界的存在に成長した。幾何学模様は、スモーキーなフォークジャム、静かに燃え上がる壮大なシタールの世界観、そして波のように押し寄せる反響の中繰り広げられる激しいロックのライブ空間を創出してきた。

「あぁ、ひとつの事をやり遂げたなって感覚が僕らにはあったんです。だから『OK、次は何か違うことをしよう』ってなるのは自然なことなんです」Kurosawaは語る。

二人がBandcamp Dailyの取材に応じたのは、グラストンベリーフェスティバルのウエストホルツステージ(※2022年6月25日)でのセットを含め、彼らにとって最後となるヨーロッパツアーを終えた数日後だった。「ウエストホルツステージ史上、最高のレコードセールスを記録したって言われたんですよ」今回の大陸横断ファイナルツアーでの最も特別な思い出としてKatsuradaが語ってくれた。それをDIY的なオペレーションでやってのけたことにもプライドを持っている。

「アムステルダムでのライブ(※2022年6月22日)はヨーロッパツアーのループ(輪)が閉じたって感じがした」とKurosawaは言う。「ヨーロッパで演った最初のライブがオランダだったし、それが僕らの始まりだったから」

幾何学模様には、この秋の最後の北米ツアー(※2022年9月14日~)を目前に控え、まだ一連のライブが残っている。その後バンドは終焉を迎えるが、彼らの創り上げた新たな表現方法を探索するのは誰にでも可能だ。幾何学模様が21世紀のサイケデリックロック最強のディスコグラフィーを完成させたバンドの一つであることを考えれば、それは我々に与えられた正当な機会でもある。




Kikagaku Moyo


KatsuradaとKurosawaの出会いは、Katsuradaがポートランドでの留学から東京へ戻ってきて間もない頃だった。「Go君の出身地、高田馬場(東京)の共通の友人が多かったし、僕は近くの早稲田大学の学生だったんです」Katsuradaが語る。「Go君の小学校や中学の友達が作ったスケーターグループに僕もいたんです」二人は音楽や映画、食べ物を通じて意気投合し、膨大な時間を共に過ごすことになる。

「海外とコミュニケーションできる日本人が自分らの周りにあまりいなかったんです。結構言葉の壁ってありますし、日本から出て生活した経験がないと世界はとても閉鎖的に見えてしまう」とKatsuradaは言う。「全部日本でやらなきゃ、みたいなね。だけど選択肢はたくさんあるわけだし、僕らはいろいろとアイディアを出し合っていました」

二人は自分たちの持つエネルギーに気付いて音楽をやってみることになるのだが、Kurosawaによると、ただひとつ問題があり、それは二人ともあまり楽器の演奏の仕方を知らなかったことだという。Kurosawa曰く「ドラムの叩き方も分からなかった」そうで、Katsuradaは初期の自分たちを ”高校の前座バンド” に例えた。

その後すぐ他のメンバーをバンドに引き入れてライブ活動を開始。テクニック不足を自称する彼らであったがアイディアは豊富にあり、ジャムセッションをしまくってどんなサウンドを出したいのか、歌に対するアプローチはどうすべきか考えるのに多くの時間を費やした。「特にはっきりとした歌詞を歌う必要はないと思ったんです。歌詞をメロディーとして使うか、感情を込めた楽器にすればいいって」そう語るKatsuradaは、自分が日本育ちで何を言っているか全く分からないままミッシー・エリオット(Missy Elliott)を聞いていたことを例に挙げた。

「最初のレコードはほとんどデモみたいなものだった」Kurosawaは2013年のデビュー作であるセルフタイトルアルバムについてそう語った。「ムーン・デュオ(Moon Duo)のオープニングアクトをやった時、人に配れるものを何か録音しろって言われたんです。ただライブをやりまくるだけじゃ何もならないって」その結果リリースされた作品は、畳み掛けるようなスピード感のあるロック("Zo No Senaka")、フォークサウンドの断片("Lazy Stoned Monk")等、その後10年に渡り彼らが応用することになるサウンドの原型を模索したものとなった。技術的な習熟度に比較的欠ける点が特に障害となることもなく、むしろ自由な実験を可能にする強みにさえなっていた。

技術的に優れていないと彼らは言ったかもしれないが、それは自分たちのサウンドを広く知らしめる可能性を広げたに他ならなかった。


Forest Of Lost Children


幾何学模様は都内各所でライブ活動を続け、日本では一般的なノルマ制(Pay-to-Play)にこだわらない小規模なヴェニューを中心に活動していた(時々、路上ライブも)。だが、5ピースのこのバンドは海外ツアーをスタートさせたいと目論んでいた。

「世界ツアーをやるにはアルバム1枚作る必要があるって分かったんです」Katsuradaは笑いながら2枚目のアルバム<Forest of Lost Children>を制作した経緯について説明した。「急いでたのは僕らの方だったんです」(※別インタビューによると、オースティンサイケフェスへの出演(2014年5月)が決まったので急いでセカンドアルバムを制作したとのこと)

2枚目のフルアルバムは、制作に要した超特急のスピードにもかかわらず、彼らの持つコンセプチュアルな衝動と世界中から受けた多種多様な影響が見てとれる作品となっている。「ある部族が住んでる架空の島からの音楽…的なのを作りたかったんです。"Street of Calcutta” とか、いろんなサウンドをミックスしました」とKatsuradaは語る。曲の多くはデビュー当時に書かれたものだったが <Forest of Lost Children> で見事に融合し、そのハイライトとなったのは変幻自在のサイケデリックロック ”Smoke and Mirrors” であった。

あるレーベルがバンドのバックアップに興味を示したため意気込んで本作を送ってみたところ、「レーベル全員が『ダメだ、気に入らない』って言ってきて、結局契約できなかった!」とKatsuradaが語る。それでも世界への野望を叶えるべく、幾何学模様はニューヨークの小規模レーベル<Beyond Beyond Is Beyond Records>を見つけ、この作品をリリースした。このこともあり、バンドの夢の舞台のひとつである2014年のオースティンサイケフェスへの出演をはじめ、アメリカでのライブの数々が実現した。本国日本では未だニッチな存在であったにもかかわらず、幾何学模様は瞑想的で幻覚をもたらす音楽でその名を轟かせ始めていた。





House In The Tall Grass


どのような注目を幾何学模様が集め続けていようと、彼らのレーベルに関する欲求不満がそれに影を落としていた。「3枚目のアルバムでレコードレーベルと契約するのを僕らは心待ちにしてたんです。なのに誰も興味を持ってくれなかった」Katsuradaは後に<House in the Tall Grass>となるアルバムについてそう語った。「皆んな『It's not my cup of tea(好みじゃない)』って言うんです。Facebookのメッセンジャーで何度見たことか。『好みじゃない、好みじゃない…』」

「それで自分たちでリリースしてみようってことになったんです」彼はそう結んだ。

2016年までには、既にKatsuradaとKurosawaは自主レーベル<Guruguru Grain>を立ち上げていたのだが、そのきっかけとなったのが渋谷のルビールーム(Ruby Room)というヴェニューで定期開催していたパーティー(※東京サイケフェスのこと)だった。このイベントに出演していたサイケデリックなアーティストを集めたコンピレーションアルバムの制作を決め、2014年レーベル第1弾としてリリースしたのだ。彼らのレーベルはすぐ、シベールの日曜日(Sundays & Cybele)、クラウトロックにインスパイアされた南ドイツ(Minami Deustch)といった日本のサイケデリックロックに加え、アジア各国のバンドの音楽にスポットを当てる場となった。

「(自主レーベルを)始めた当初は、セルフリリースは考えてなくて、バンドとは別物だった」とKurosawaは言う。「でもレーベルが見つからなかったとき、自ずと自分たちでやることになったんです。他に選択肢がなかったから」

<House in the Tall Grass>は二人にとって重要な作品となった。仕事を終えてスタジオに向かい、2,3時間かけて制作し、帰りの電車でラフミックスを聴く。そんなアルバムの制作過程をKurosawaは誰よりもよく覚えているという。

「その時点でやっと、前よりずっと多くの海外ツアーができるようになっていました。その頃ですね。バンドを皆んなにとって経済的に安定したものにして、他のレーベルに頼らなくてもやっていけると悟ったのは。<House in the Tall Grass>は、すべてDIYでやるって決めたときのアルバムなんです」そう語るKatsuradaは本作のレコーディングで自分のソングライティングのスキルが上がったと感じたという。

このアルバムは国際的に評価される幾何学模様の始まりを告げた作品である。デモやその他諸々に対するレーベルの反応など気にせず好きなことが自由にやれるのだ。「バンドのメンバー5人がいいと思えば、もう何も話す必要はない。フィルターは一切ないんです」Kurosawaは言う。これ以降、幾何学模様はEP、コラボレーション、フルアルバムの全てを自分たちの思い通りの形でリリースすることになる。


Kumoyo Island


幾何学模様のアルバムの多くは、ツアー先でのジャムセッションや巡業中の思い出からメンバーがインスピレーションを得て生み出されたものである。だが新型コロナウイルスのせいで、そんなクリエィティブなパイプラインが断たれてしまった。

「ツアーができなかったので、一緒に演奏するとしたらどうやるだろうって全部想像して生まれたアルバムなんです」とKatsuradaは言う。「おそらく曲の半分はリモートで作曲したものじゃないかな」

以前のアルバムとは異なり<Kumoyo Island>は、Kurosawaが "宅録感覚" と呼ぶものを特徴とした作品となっている。世界情勢がもたらした制限のおかげで、各メンバーが作曲に時間をかけることができたのがその理由である。「一緒に演ったらどんなサウンドになるだろうって想像する必要はあったんですが、各メンバーが実験的なことをすることもできたし、いい感じにメンバー5人のバランスが取れたんです。そういうのが透けて見える作品になってると思います」

「でも最終的にはバンドサウンドっぽい音になってるから満足してます」Katsuradaは言う。「僕らって本当によく一緒にツアーしてライブをやりまくってるから、自宅で曲作りをしてもバンド的なものになるんです」




アルバムを完成させるためにメンバー全員1ヶ月間東京に戻り、バンドをスタートさせたときと同じレコーディングスタジオ(※ツバメスタジオのこと)で最後のアルバムを録音した。おかげでいつもより自由な感じでセッションできたという。「快適でしたよ。スタジオも知ってるし、サウンドエンジニアも知り合いだし。失敗してもいいし試行錯誤だってできる」Katsuradaは語る。

<Kumoyo Island>はこれまでで最も意外性のある作品であり、バンドのサイケデリックな側面を、ファンク(”Dancing Blue”)や癒しの音の風景(”Daydream Soda”)と融合させたものとなっている。”Cardboard Pile” のようなファズを効かせたロックからラストを飾る ”Maison Silk Road” のシタールの瞑想まで、幾何学模様の全キャリアの音楽スタイルがよく現れている。彼らの日本人としてのルーツは、オープニング曲  ”Monaka” によりはっきりと見て取れるが、この曲はKatsurada曰く、石川県の「あまり豪華とは言えない」温泉地(※加賀温泉のこと)やスキーリゾートで育った子供の頃、彼がよく聞いた民謡を取り入れたものである。

このアルバムはバンドにふさわしい最終作であり、KatsuradaとKurosawaは本作を「二人にとって今、最も意味のあるアルバム」と自負している。

一連のファイナルツアーが終われば、二人は<Guruguru Brain>に注力することになり、今後たくさんのリリースが予定されている(同時に二人は、バンドメンバーに送金する等、幾何学模様に関するあらゆる事務作業もこなさなければならない。これは彼らがバンドの権利関係の全てを所有しているからである)。また二人はこれからも個人、場合によっては新たな編成で音楽活動を続けていくようだ。でもまずは、しばしのお別れである。

Katsuradaは今回のフェアウェルツアーについて「とても楽しんでいます。かなり感情的にはなるけど」「これまで音楽をやっていて最高の経験です」と語った。



◆あわせて読みたい当サイト幾何学模様(Kikagaku Moyo)記事:



24 June 2022

幾何学模様(Kikagaku Moyo)| ガーディアン(The Guardian) インタビュー

 Photograph: Jamie Wdziekonski


【元ネタ英語記事】Japanese rockers Kikagaku Moyo: "Watching people board a train - that's psychedelic!"(The Guardian 2022年6月23日)




日本のロックミュージシャン幾何学模様:「電車に乗る人を見ているのもサイケデリック!」

最後となるツアーでグラストンベリーに出演するKikagaku Moyo(幾何学模様)。見逃せないサイケデリックロックバンドである彼らが、徹夜のジャムセッションから生まれたサウンド、「クリエイティブな不完全さ」、自分たちの流儀で身を引くことについて語った。



サイケデリック音楽と言えば、Jimi Hendrix Experience(ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス)、The 13th Floor Elevators(13thフロア・エレベーターズ)、ウッドストックのぼやけた画像等を思い浮かべるだろう。しかし、日本のバンドKikagaku Moyoにとってサイケデリアとは、母国のカウンターカルチャーのヒーローであり強烈なファズの嵐を吹かせるAcid Mothers Temple(アシッド・マザーズ・テンプル)やFlower Travellin' Band(フラワー・トラベリン・バンド)等に代表されるものである。Kikagaku Moyoのフロントマン・Go Kurosawaが、現在の東京についてコメントする。「東京の音楽、映画、カルチャー、技術の完璧さを求められるんじゃなく、何にも縛られない自由さ。僕らにとってのサイケデリアは、ヒッピーシーンから来るものではなく、自然の中や、お寺から聞こえる読経の中にあるもの。毎日電車に乗る人を見てるんだったら、それだってサイケデリックだと思います」。

Kikagaku Moyoのライブでは、時に長髪のメンバーが10分に及ぶジャムセッションを繰り広げるが、そのダイナミックなエネルギーの源は、2010年代初頭の大学の街・高田馬場(東京都新宿区)まで遡る。ヴィンテージショップ、大学生が集うバー、深夜営業のレコーディングスタジオを転々としながら、Kikagaku Moyoは5人組のバンドとして結成され、今や日本のロックシーンの最前線に立つ存在だ。彼らの空中浮遊に近い感覚に誘うライブパフォーマンスや、聞くものを虜にするアルバムの数々の賜物であろう。しかし、5枚目のアルバム『Kumoyo Island(クモヨ島)』のリリース後、お別れの海外ツアーが終了すれば、Kikagaku Moyoは解散してしまう。自らが創り上げてきた世界観の継続を断ち、それらが希釈されていく可能性を回避するというのは、実に非アメリカ的な選択である。

KurosawaとTomo Katsuradaが初めて出会ったのは2012年。Kikagaku Moyoというバンド名は「幾何学模様」と訳される。「夜中から朝6時までジャムセッションのやり過ぎで、気を失う頃にはまぶたに幾何学模様が見えていた」とKatsuradaは語る。Kurosawaの弟Ryuが、シタールの修行を受けたインドから帰国し、その後すぐベースのKotsu GuyとギターのDaoud Popalが加入。Kurosawaがドラム、Katsuradaがギターで、ヴォーカルを2人で担当するようになる。初期のジャムセッションには、よくあるヒップホップ、メタル、インド古典音楽、ブルース等、メンバーの多種多様な音楽の趣味が表れていた。経験の浅さゆえ、バンドには自由さがあったし、サウンドにもはっきりとした輪郭はなく、ループのあるアンビエントなストーナーロック、レトロなファズギター、魅惑的なシタール…と様々だった。



フロントマンでドラマーのGo Kurosawa (Photograph: Burak Çıngı/Redferns)



2枚目のアルバム『Forest of Lost Children』では、技巧を凝らさない自然なジャムセッションである「Semicircle」から始まり、ブルージーなギターの「Kodama」、Ananda Shankar(アナンダ・シャンカール)のカバー曲「Street of Calcutta」の熱のこもったシタール、暗く哀愁漂う「White Moon」等を収録。本作は、後発のアルバムで彼らが繰り返すことになるある種のパターンが顕著になった作品だ。つまりKurosawaのドラムがクレッシェンド(次第に強く)に向けてスタートを切り、盛り上がり、そして瞑想的な終わり方をするという形である。

「歌詞が少ないのは、音楽で自分の旅を想像する余地を与えたいから。アルバム1枚1枚は、1本の映画のようなもの」だとKatsuradaは言う。確かに『Kumoyo Island(クモヨ島)』は、広大な土地を孤独に旅しているような気分にさせる。「曲を作る時は、まずメンバー5人が楽しく遊べる遊び場を作ろうとします」Kurosawaは語る。「そこに言葉を加えるのは、さっき言った想像力(イマジネーション)を限定してしまう気がするんです」。

『Kumoyo Isaland(クモヨ島)』は、「ツアーの経験、車窓やステージからの風景、僕らが経験したカルチャーに影響を受けています」とKatsuradaは言う。日本やヨーロッパでの公演を経て、Kikagaku Moyoがアメリカでのデビューを飾ったのは、ニューヨークのBerlin(ベルリン)という、壁の中にある穴蔵のような薄暗いヴェニューで、ステージは地面からわずか数インチ程の高さの小さな壇だった。筆者はそのライブ会場におり、Kurosawa弟のシタールに触れることができるほど近くに立っていた。その後、ヴェニューは大きくなっていったが、彼らの遊び心、リフやソロを想像を超えて膨らませ、観客を集団的心理に浸らせるという姿勢は未だ健在だ。ステージ上の彼らは、催眠術のようでファンキーで、ユーモラスで親しみやすく、鼓膜が破れそうな長いソロを変わらぬ笑顔で弾き続けている。

アルバムが完成すると、別れを告げるという決断がバンドに訪れた。それは彼らの音楽同様、本能的なものだった。「僕らはやりたかったこと全てを実現させたんです。サイケデリックのフェスに出て世界ツアーをするという野望、これも叶いました。曲を作るだけじゃなく、アートやグッズ、Kikagaku Moyoが何であるかというヴィジョンを創るのにも時間とエネルギーを費やしました。だから今、僕らの旅を僕らの思いどおりの形で、出来るだけ最高の形で完結させることができるんです」とKurosawaは語る。




ジャムセッション … 2018年、ステージでの幾何学模様 (Photograph: FilmMagic)




バンドは今月、グラストンベリーを含むヨーロッパツアーを行っており、その後アメリカを周るが、最後のライブは母国のフジロック・フェスティバルで行うことになっている。まさに完璧な一巡だ。KatsuradaとKurosawaは自ら選んだベースであるアムステルダムに戻るが、2人はそこでGuruguru Brainというレーベルを運営し、彼ら以外の秘蔵アーティストのサポートに注力する。Kikagaku Moyoのレガシーは、バンドの「クリエイティブな不完全さ」にあり続けるのだとKatsuradaは言う。そして、笑顔でこう締めくくった。「若い世代に受け継いでもらえるような場所を残したいんです。専門的な技術がどれくらいあるとか、世界のどこの出身かとかは全く関係ない。僕らが発信し続けてきた『音楽は国境や言葉の壁を超えられる』っていうメッセージが届いているといいなと思います」。




●Kikagaku Moyoは6月25日(土)現地時間午前11時30分、グラストンベリー・フェスティバルのWest Holtsステージに出演。6月27日(月)は、ロンドンのEarHで公演。




25 May 2022

幾何学模様(Kikagaku Moyo)| GRAMMY.com Interview

 Photo: Jamie Wdziekonski


無期限の活動停止を発表後、現在北米ツアー中の幾何学模様(Kikagaku Moyo)。グラミー賞の主催で知られるザ・レコーディング・アカデミー(The Recording Academy)にギターのTomo Katsurada氏が取材を受けたインタビュー記事を翻訳しました。インタビュアーは、サンフランシスコ州立大学やUCバークレーで音楽ジャーナリズムを教えるジャーナリストGary Moskowitz氏。


【元ネタ英語記事】Behind The Smoke & Mirrors With Japanese Psych-Rock Legends Kikagaku Moyo(2022年5月4日)

以下、当サイトによる翻訳

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紫煙と鏡(Smoke & Mirrors)の裏側へ

 日本発サイケデリックロックの伝説(レジェンド)・幾何学模様と共に

「音楽が国境や言葉の壁を越えるのも、ガチガチに完璧にせず制作するのも絶対に可能」。5枚目のアルバムのリリース(5月6日)とファイナルツアーを目前に控え、幾何学模様(Kikagaku Moyo)のギタリスト、Tomo Katsuradaはいう。

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日本発サイケデリックロックバンド幾何学模様の創設メンバーが、新宿エリアの高田馬場駅前ロータリーでジャムセッションを始めたのは10年前のことだった。界隈にはスケートボーダーやアーティスト、近くの大学生が多く屯していたが、そんな環境の中、Tomo KatsuradaとGo Kurosawaは、毎回顔ぶれの変わるミュージシャンたちを引き連れ、夜通し終わりのない音楽探検の旅に出かけていた。70年代のサイケデリックロック、昔ながらの民謡、インドの古典音楽、クラウトロックが合わさったような音だった。


バンドの編成をドラム、ベース、ギター2本、シタールに固定すると、二人はレコーディングを始め、都内でのライブ活動を開始。東京のあちこちでサイケデリックロック・フェスを主催していると、オースティン・サイケ・フェス(Austin Psych Fest /訳者注:現レヴィテーション(Levitation))から声が掛かり、その後10年をオーストラリア、ヨーロッパ、日本、英国、アメリカ合衆国でのツアーに費やすこととなり、年間約100本ものライブをこなしてきた。


Kikagaku Moyo - "Smoke and Mirrors" Live at Austin Psych Fest (2014)


幾何学模様はこれまで、フルアルバム4枚とEP数枚をリリースしている。Spotifyで最も人気の高い曲の中には、7分超の大作にもかかわらず600万回以上再生されているものもある。が、それら人気曲には、すぐに展開が読めるポップソングのようなシンプルさはない。幾何学模様の楽曲は、ゆっくり時間をかけて広がり、再びキュッと引き締まり、最終的に、「落としどころ」と思われた場所を超越する。


例えば、2018年のアルバム「Masana Temples」に「Dripping Sun」という定番曲がある。この曲は、ビートを刻むベースラインと控えめなワウギターで始まるのだが、そこにギターのメロディーが乗り、ドラムに駆り立てられそのまま駆け上がっていくかと思いきや、ささやき声のヴォーカルと共にスローダウンして静かに落ち着き、小気味良いコーラスへと滑らかに移行。…そこからは一気に、サイケデリックロックの絶頂に向けジャムセッションに突入。結局、最後はまた静かに落ち着く…という構成だ。「Green Sugar」、「Smoke & Mirrors」、「Tree Smoke」のようなファンの人気曲は、激しくインプロビゼーション(即興演奏)され、ライブで演奏される度に進化し続けている。


Kikagaku Moyo - Dripping Sun


やがて幾何学模様はカルト的な地位を確立させていくのだが、その理由のひとつに彼らのDIY的アプローチがある。幾何学模様はバンド独自のサウンドを作成・レコーディングし、バンドが所有するレーベルGuruguru Brainからリリースする。ちょうど今年まで、ツアーさえステージクルーなしで行っていたくらいだ。


幾何学模様は、小規模なバーから正統派の音楽ホールまで様々な場所でライブをこなしてきた。ここ数年は、ちょっとユニークな場所でもライブを行っていて、サンフランシスコのカストロ劇場(Castro Theater)、アムステルダムにある以前は教会だったパラディソ(Paradiso)等のヴェニュー、またPALPフェスティバル(PALP Festival)ではスイスアルプスの山頂でライブしたこともある。グッチ(Gucci)やイッセイ・ミヤケ(Issey Miyake)といったファッションデザイナーともコラボしており、彼らのライブ演奏によるユニークな音響がファッションショーに花を添えた。


Kikagaku Moyo @ Swiss Alps for PALP Festival (2017)


Kikagaku Moyo @ Paris for Issey Miyake Fashion Week Show (2016)


2022年5月6日、幾何学模様は最後の作品となる5枚目のアルバムをリリース予定で、無期限の活動停止を前に長いファイナルツアーを行う。先日GRAMMY.comは、アムステルダム在住のギタリストTomo Katsuradaの自宅をZoomで繋ぎ、バンドの始まり、この10年の歩み、バンド休止の決定について話を聞いた。


Kikagaku Moyo - Kumoyo Island (Full Album-2022)


5枚目のアルバムはこれまでの作品とどう違うんですか?


これまでのアルバムは、全部ツアーで経験したことからインスピレーションを得て、それを元に曲作りをしていました。毎日が違う街なわけですから、とてもトリッピーな経験です。メンバーと一緒に出かけたり、いろんな街を散策したり、外食したり、映画を観たり、音楽を聴いたり…。


でも今回はコロナのせいで、あまりライブができなかったので、リモートでの曲作りになりました。この曲を一緒に演るとしたらどうやるだろうってイメージしながら…。(ツアー中のように)メンバーと一緒に過ごす時間があまりなかったので、あらゆる元ネタが想像上のコンセプトになりました。僕らの頭の中にある架空の遊び場的な…。もう完全に空想の世界に入り込んじゃってましたから、アルバムが僕らっぽいサウンドになっているか不安でしたが、とても幾何学模様的なサウンドに仕上がってると思います。


今回のワールドツアーを終えた後、バンド活動を休止すると決めたのはなぜですか?


5人でやれることは全部やり遂げたって心から思えたからです。僕らはいつも、時を重ねても色褪せない作品を作ることと、心の底から誇れる音楽を作ることにコミットしてきました。究極的には、僕らのバンドとしての旅を自分たちの思いどおりの形で、最高潮の状態で完結させたいっていうのがありました。ファンからのサポートもそうですが、これまでのことは本当にありがたく思っています。


僕的には、サイケデリックの音楽シーンに場所を空けて身を引くことで、後進に道を譲りたいっていう気持ちも強いです。音楽が国境や言葉の壁を越えるのも、ガチガチに完璧にせず制作するのも絶対に可能ですし…。僕はインスピレーションのサイクル(輪)的なものを信じていて、将来僕らのオーディエンスの中からそういった輪がどんな風に繋がっていくのか見届けるのをとても楽しみにしています。


話をバンドの始まりに戻しましょう。TomoとGoはどうして一緒にバンドを始めることにしたのですか?幾何学模様を結成する前は何をしていた?


3才から13才まではチェロを弾いていて、毎日練習していました。それから僕の姉がパンクバンドでギターを弾き始めたんですが、その影響は結構デカかったと思います。スケボーにハマって、スケートボードの動画制作をして、高校ではポップパンクバンドのギターを担当していました。


僕がGoと出歩くようになったのは、Goがアメリカ留学から帰ってきてからです。映画をたくさん一緒に観て、Goのバンドのポスター制作もやりました。曲を作るようになったのは、僕がオレゴン州ポートランドの大学から帰国してからです。


アメリカでの生活からはどんな影響を受けた?


2010年頃、スゴいレコード屋にいろいろ出かけてサイケデリック音楽にハマっちゃいました。その頃はまだまともに英語も話せなかったのに。


外国にいてレコ屋に行くとホッとしたんですよ。日本って皆が同じような考え方をして協調性を重んじるような集団思考で、アメリカの個人主義的な思考と全然違うんですよ。20才の時、ホントそれは感じました。おかげで僕は自由になれたんです。アメリカ人っていつも自分のことばっか話してるじゃないですか。僕的には「うわ~!僕もそれやっちゃっていいの?」って感じでしたね。


Kikagaku Moyo performing at St. George Church (Lisbon)
 with Bruno Pernadas and Jacco Gardner


サイケデリックロックに魅かれたのはなぜですか?


Goと僕が一緒に行動するようになってから、60年代や70年代のサイケデリック的なものについていろいろ話してたんです。本とかバンドとか映画とか…。僕が今まで観た中で一番綺麗なモノクロ映画は、「エロス+虐殺」っていう作品なんですが、すごくクールな3時間の映画で、少なくとも4回は観ました。


「エロス+虐殺(Eros + Massacre)」Intro(YouTubeに完全版アリ)


日本だと、ミュージシャンって言うと職人技的なことになっちゃうんですよ。一方通行の音楽、ちゃんとした方式の音楽。でも僕が交流するようになったのは、音楽やってる若手アーティスト、音楽やってる映像作家とかスケートボーダーで、皆んな自分達が受けた影響をうまく組み合わせて音楽制作をしていて、それこそ僕らが本当にやりたかったことだったんです。


バンド初期の頃のリハーサルってどんな感じだったんですか?


夜中の12時から朝5時まで演奏できる場所を確保したんですが、僕とGoだけの時もありました。2週間に一度、5、6人で6時間のジャムセッションをしてたんですが、参加しないか友達を誘っていました。いろんな人が出たり入ったりで、その頃はまだ曲とかは作ってなかったです。どうやるのかも分からなかったし。ちゃんとしたギターの弾き方も知らなかったけど、特に気にしていませんでした。フィーリングだけで弾けちゃってましたから。音楽の理論とかどうでもよくて、6弦がEだってことも知りませんでした。ひたすら他の人が出す音を聴いて弾く。本当にユルかったです。


最初に幾何学模様をスタートさせた頃、東京でライブするのってどんな感じだったんですか?


東京・サイケ・フェス(Tokyo Psych Fest)っていう音楽イベントを月イチで始めました。サイケデリックって、いろんなものからの影響が組み合わさって出来てる音楽だと思うんですが、僕らが好きなものが好きな人達が東京中から来てくれたらいいなと思ってやっていました。で、フェスからのコンピレーションを出すのにレーベルを立ち上げて、LPやカセットテープのリリースを始めました。本当に楽しかったです。僕らはオースティン・サイケ・フェス(Austin Psych Fest)に出たくてたまらなかったんですが、東京・サイケ・フェスを始めて1年でオファーをゲットすることができました。それからですね、すべてが変わったのは。すぐにヨーロッパや英国から呼ばれるようになりました。


Guruguru Brain's 1st. Compilation Album "Guruguru Brain Wash" (2014)


バンド初期に経験したツアーはどんな感じだったんですか?


2013年くらいの頃は、まだ学生だったり仕事してるメンバーもいて、職場や学校から1週間休みを取ったりしてやってたんですが、ツアーをするには時間の制約があって、事はゆっくりとしか進みませんでした。アメリカツアーに向けてビザを取ろうと一年前から働いて貯金し始めました。


はじめは自分達のレーベルがなかったので、いろんな面でとてもDIY的でした。好きなアメリカのバンドに一緒にライブしないか声を掛けてみたり…。サンフランシスコのムーン・デュオ(Moon Duo)とか、ポートランドのエターナル・タペストリー(Eternal Tapestry)とか。ムーン・デュオの日本ツアーのブッキングを手伝ったりして、いろんなことを教えてもらいました。で、アメリカツアーをやるべきだとか言ってもらって、アメリカに挑戦する自信を深めるようになりました。


Tokyo Psych Fest Spinoff (2013) - Moon Duo X Kikagaku Moyo



幾何学模様のライブって、スピリチュアルで瞑想的なところがいいですよね。潮の満ち引きみたいに穏やかな音とアグレッシブで派手な音とで緩急があって…。ライブでのパフォーマンスについてはどんな風に取り組んでいるのですか?


演奏する時はとにかく楽しみたいと思っています。で、そのためにはインプロビゼーション(即興演奏)するところを空けておく必要があるわけです。毎回ライブで同じセットをやったりはしないので、ひとつとして同じライブはありません。セットリストは、僕が毎晩変えてるんですが、自分のバイブスとメンバーのバイブスを考えて、ストーリーライン(筋書き)を作っていく形で、僕らのアルバム全曲から選曲するDJミックスみたいな感じですね。で、メンバーで出来上がったセットリストを見て、演る。(インプロ部分については)前もって何も決めてないわけですから、難易度は常に高いですね。


今回のことでTomoやバンドメンバーにとって、ひとつの時代が終わってしまうわけですが、次は何をする?


自分はホントまだ何も考えてないです。ただ考える時間がたくさんあるってことだけは分かってます。たぶんメンバーは、それぞれ新プロジェクトをやっていくんじゃないかな。僕は今年、初めてギターのレッスンを受けました。あとWorldwide FMで「Bootleg Bunny Show」っていうラジオ番組をやっていて、ソウルとかサイケデリック、あとジャズの7インチをかけたりしてるんですが、とても気に入っています。


Katsurada氏選曲によるWorldwide FM "Bootleg Bunny Show"


16 October 2018

幾何学模様(Kikagaku Moyo)| The Aquarium Drunkard Interview

KEXPライブ収録日(2018年8月1日)の幾何学模様(Kikagaku Moyo)
photo by KEXP flickr

2018年8月のUS西海岸ミニツアー時、ついにKEXPライブ出演を果たし、現在それとはまた別の(!) 全米ツアー中の幾何学模様(Kikagaku Moyo)。バンドのスポークスパーソンであるゴウ・クロサワ氏(ドラムス&ヴォーカル:写真左から2人目)が4枚目のフルアルバム「Masana Temples」(2018年10月5日発売)について答えているインタビューを翻訳しました。インタビュー元は毎度お馴染みロサンゼルスのメディアAquarium Drunkard。

【元ネタ英語記事】Kikagaku Moyo / 幾何学模様 :: The Aquarium Drunkard Interview(2018年9月25日)

以下、当サイトによる和訳(前文は省略)




皆さんは「Masana Temples」のレコーディングでジャズミュージシャンのブルーノ・ペルナーダス(Bruno Pernadas)氏をプロデューサーに迎える為、ポルトガルのリスボンまで赴かれました。彼と繋がり一緒にやってみてどうでしたか?

去年のいつだったか彼のソロアルバムを見つけて、ツアー中よくかけていました。僕らはニューアルバムのレコーディングを計画中で、僕らにはない違う視点を持ったプロデューサーを探しているところでした。ある日、彼にメールして僕らのレコードのプロデュースに興味があるか聞いてみたんです。彼は僕らのことを知らなかったんですが、それは良いサインだと僕は思いました。彼自身のレコードは全てセルフプロデュースしているのですが、他のアーティストの作品をプロデュースしたことはないということで、そういうのもやりがいがあって僕らにとっては刺激的でした。結果にはとても満足していて、一緒にやらせてもらって彼のアイディアを取り入れられたことをとても誇りに思っています。


前回のアルバムの時とは違って、今メンバーは東京で一緒ではなく、それぞれ違う場所、違った国にさえ住んでますよね(訳者注:ゴウ・クロサワ氏とトモ・カツラダ氏(ギター&ヴォーカル)はアムステルダム在住)。今回のアルバムと以前のアルバムを比較してみて、そのことは作曲やレコーディングをどう変化させたのでしょう?

東京で共同生活をしていた頃は、一緒に集まって出かけていろんなことを話して年中ジャムセッションしていました。今、僕らは離れて住んでるかもしれませんが、ツアーになると4~5ヶ月間毎日24時間一緒で、また同じようなことをしています。ブラブラして音楽を演ってビデオゲームをする。僕が思うに、大きな変化のひとつは皆んなもっと個人の時間を持てるようになって違ったインスピレーションを得られるようになったことじゃないでしょうか。結構よくスカイプで話していて、何聴いてるとかどんな曲作ってるとか情報共有しています。僕らには専用のDropbox(訳者注:ドロップボックス。オンラインストレージサービスのこと)があって毎週アイディアを全部そこに落とし込むようにしています。アイディアの貯蔵庫ですね。メンバーの誰かが曲作りをしたくなったら、そこからアイディアを取り出して自分のアイディアと合体させる。最近はあまり一緒に練習する時間が取れないので、曲が60~70パーセント程度出来上がった時点でライブで生で演ってみて、曲が出来たってなる前に、メンバーや観客がどう感じるかチェックするようにしています。


2014年のインタビューで、スタジオでは通常1曲につき2テイク以上やることはなく、ミスも全て包み隠さずありのままのバンドの姿として発表するとおっしゃっていました。この点については今もまだそうなんですか?ペルナーダス氏はそのレコーディング方法に何か反対したりしませんでしたか?それとも皆さんのいつものやり方に賛成でしたか?

実際、今でもこのニューアルバムで同じやり方をしてますし、ブルーノも同じ考えでしたね。最初のテイクを終えたら、彼がミキシングブースから「皆んな凄く良かった!」って叫んでるから、僕らはいくつかミスしたって分かっててもお互い顔を見合わせて「じゃ、良かったってことで!」ってなってましたね。


先程と同じインタビューで、あなた方は幾何学模様の音楽を「芸術(アート)」だとは考えておらず、何かもっと原始的で衝動的なもの、何か身体と魂の両方に悦びをもたらすものと考えているとおっしゃっていました。先程のスタジオでのわずかなテイクのお話と併せて、レコードの幾何学模様と生で演るライブパフォーマンスとの比較についてどう思われますか?あなた方の楽曲はライブでやることで、どのように進化し続けているのでしょうか?

ライブのセットでは未だに初期の頃の曲も演っていますが、どの曲も違った風に進化してますね。メンバーが、ジャムのパートでさえ、曲をキッチリ演ろうとしてるなと感じる時はいつも全くリズムを変えてしまって、皆んながどうリアクションするか見ています。ライブでプレイする醍醐味はこれに尽きますね、いつもと全く違う何かをやるチャンス。レコードと同じに演りたい曲もありますが、変化させたい曲もあります。僕が思うに、ライブ直後にどの曲を演ったか覚えてないのが良いサインです。あまりセットリストのことに囚われず旅に出てるみたいなライブだったからそうなるわけで、旅のステイ先がそれぞれセットリストの曲になるわけです。僕らはいつも違うルートを辿っていくのでステイ先それぞれというよりは旅全体について心地良くなるんです。





アメリカの作曲家ジョン・フィリップ・スーザ(John Philip Sousa)が1906年に執筆したエッセイで、ビクトローラ(訳者注:Victrola。卓上蓄音機の商標名)とレコード音楽プレイヤーの隆盛について嘆いています。人が音楽から引き離されるのではと考えていたようです。人が楽器の演奏方法を学ばなくなるとか、音楽的な衝動が奪われてしまうとさえ考えていたようです。「音楽の歩みとは、その最初の日から今日まで、我々の魂が今どうあるかを音楽に表現させることだけにある」と書かれているのですが、この考えに何か共感するものはありますか?あなた方がレコーディング中できるだけ即興性に訴えるようにしていることと何か類似性はあるのでしょうか?

言いたいことは分かるし共感する部分もあります。ジミ・ヘンドリックスのパフォーマンスを生で見たことがある人は、レコードで聴いただけの人とは違う体験をしてるって思いますし。でも音楽的な衝動が奪われるかどうかは分かりませんね~。それはリスナー次第じゃないでしょうか。僕らにとってはライブでの自分達なのか、レコーディングでの自分達なのかが大事です。自分達の好きなことをして自分達のままでいて自分達自身に忠実であることがとても大切です。例えミスしても、それが僕らなんだし。


いつもと全く違う場所、ポルトガルのリスボンにいるということは、レコーディングにどんな影響があったのでしょうか?この前のEPはプラハ録音でしたから、今回が特に変わった経験だということにはならないのかもしれませんが。

3月にUSツアーをやって直接リスボンに飛んだので、実際変な気分ではありましたね。アメリカはめちゃくちゃ寒くてメンバー全員具合悪くなってたんですが、リスボンに着いたらあんなに気持ち良い暖かな気候で晴れまくってて、海沿いを散歩したりしてましたし、レコーディングスタジオは木々に囲まれていました。あの太陽が降り注ぐ真夏のヴァイブスは確実にこのレコードに影響してますね。


ニューアルバムのタイトルについて少しお話頂きたいのですが、「Masana」はユートピア(理想郷)的社会のコンセプトで、このアルバムのために創作された言葉なのでしょうか?アルバムの各曲が「Temple(寺)」であって、その何かを定義付けしているのでしょうか?それともアルバムのタイトルには何か別の意味がありますか?

それについては皆さんに想像して頂きたいので回答不可です!



幾何学模様(Kikagaku Moyo) - Masana Temples (2018) (Full Album)



あなた方はまもなく中国ツアーを終え、今後アメリカからカナダまで、もっと長期のツアー(訳者注:9月28日~10月28日)に出て、その後ヨーロッパ中を回り(11月7日~12月3日)ツアーを終えるスケジュールになっています。観客や周辺の様子等何でもいいのですが、特にプレイするのが楽しい土地ってありますか?

アジアでツアーをするのはこれが初めてで、この前はインドネシアにいたのですが今は中国にいます。欧米と比べると、アジアの国々には音楽や音楽業界に全く異なる歴史や背景がありますね。ちょうどインドネシアのバリのフェスでプレイしてきたところなのですが、ステージが巨大な石で囲まれていて、その石を見下ろすデッカイ彫像があって、まさにStone Garden(訳者注:最新EPのタイトル) x Masana Templesって感じでした。


自国でやるよりヨーロッパやアメリカからの反応の方が良いというのは未だに感じますか?そのことについて何か変だと感じたり、悩んだりすることはありますか?

そうですね、日本よりヨーロッパやアメリカのオーディエンスの方が数が多いですが、そのことで悩んだりはしませんね。日本のバンドっていうだけで日本のオーディエンスの方が多いってことにはなりませんから。僕らは世界をもっとフラットに見ていて、僕らの音楽を聴きたい人が多くいる場所に行ってプレイするだけです。


前回の我々のインタビューで、ほとんどのバンドが直面する日本の「Pay-to-Play(ライブしたけりゃ金払え)」制度についてお話頂きました。この制度のせいでマイナーなバンドがただライブをするのにさえ法外な金がかかるとのことでした。あなたのレーベルや、発掘した(ノルマ制のない)バーで毎月開催するサイケデリックナイトを通して、まだこれからのバンドを集めセッティングされてきたわけですが、そのようなカルチャーに風穴を開け、バンドが演奏できる環境を開拓できていると思いますか?

この問題についてはインタビューの依頼を受け始めた頃からずっと言い続けています。でも僕らのインタビューはほぼすべて海外のメディアだから、ホントにこの状況に影響を与えられてるかは分からないですね~。「ノルマ」として知られる「Pay-to-Play(ペイ・ツー・プレイ)」のシステムは東京でまだ広く存在していますが、人が来なくなってクローズしかけてるハコもあるので、このシステムを見直し始める所も出てきています。良い兆しだと思うし、他の誰かが疑いもせずやってることにただ従うのではなく、もっとDIY的な別の解決策を皆んな探し始めるようになるでしょうね。



幾何学模様(Kikagaku Moyo)- Nazo Nazo



ニューアルバムから「Nazo Nazo」の素晴らしいビデオが完成しました。この手のビデオに対する反応は「よく分からない」っていうのが多いんですが、イメージというのは音楽と同じで、感情を掻き立てるものであって、もっと具体的な意味について説明するためのものではないと思うんです。本作はロンドンを拠点にミュージックビデオを多数制作している映像作家エリオット・アーント(Elliot Arndt)氏が監督していますね。このビデオは全てアーント氏が考案したのでしょうか?それともバンドから何かアイディアの提供があったのでしょうか?またそれをどのように組み合わせたのでしょうか?

僕らは彼のバンド・ヴァニシング・ツイン(Vanishing Twin)のことが大好きで、いつもビデオを観ていたので、去年の前半、彼に連絡を取ってみました。(この曲の)メロディーはトモが作って、僕は何か異なる声の響きを探していました。僕にとってこの曲のメロディーは日本の古い民謡を思い起こさせるもので、ランダムに言葉と文章を一緒に付けていったら歌詞が意味を持ち始めました。エリオットが訳してくれって言うから、僕が何の意味もないヘンテコな翻訳を送ったんですが、何とか彼なりに意味が分かったようであのビデオを制作してくれました。彼の色使いやその美しさに僕らは驚かされましたね。


少なくともここアメリカでは、ミュージックビデオがプロモーションの主流だった時代から隔世の感があるのですが、2018年、シングル用にビデオを撮ることにどんな利点があると思いますか?

どんな利点とかは不明ですけど、少なくとも字幕が付いてるから皆んなトモと一緒にシンガロングはできますよね(笑)


ツアー中の幾何学模様に会いに行く予定のアメリカにいる我々のための質問ですが…、ウェルカム・ギフトとして持ってきて欲しい物は何かありますか?

皆んなが僕らの絵を描いてくれるのはいつでも大歓迎で、どれが誰だか当てるのが僕らは好きですね。あとドル紙幣もいつでもウエルカムです(笑)
(文:J. Neas)



幾何学模様(Kikagaku Moyo) - Full Performance (Live on KEXP) 2018年10月2日公開



◆あわせて読みたい昨年度のAquarium Drunkardによるインタビュ―和訳:



23 September 2018

幾何学模様 (Kikagaku Moyo) | Whiteboard Journalインタビュー


10月5日、自主レーベルGuruguru Brainからニューアルバム「Masana Temples」をリリース予定の逆輸入バンド・幾何学模様(Kikagaku Moyo)。9月のインドネシア・中国ツアー時に、インドネシアのオンラインメディア「Whiteboard Journal」によって行われたインタビュー記事を翻訳しました。答えているのはいつもの通り、バンドのスポークスパーソンであるドラム担当ゴウ・クロサワ氏(写真中央・アムステルダム在住)。


【元ネタ英語記事】Kikagaku Moyo on Exploring New Sounds and Keeping Other Bands Alive(Whiteboard Journal 2018年9月12日)

<以下、当サイトによる翻訳(前文は省略)>





先月GQ誌で「10年間のベストドレッサーバンド」と呼ばれていました。メンバーの皆さんはたまたま全員同じようなファッションや髪型が好きだったのでしょうか?

全くの偶然です。あの記事って、多分何も扱うものがない時にたまたま僕らの写真を見つけちゃったんじゃないでしょうか。僕ら先月サンフランシスコのフェスでプレイしましたから。僕ら的には笑っちゃう感じですね。僕らはあまりハイファッションとは言えないですからね。


幾何学模様(Kikagaku Moyo)、まさかのGQ誌に登場(2018年8月14日)



音楽のジャンル的にはサイケデリックなドラッグと深く関係しているわけですが、日本にサイケデリック音楽の一大シーンがあるにもかかわらず、それを支えるドラッグカルチャーが本格的に存在したことがないというのは非常に興味深いですね。この点についてどのようにお考えですか?

日本のサイケデリック音楽ってあまりドラッグと関係ないんですよ。おっしゃる通りアメリカやヨーロッパと比べるとドラッグカルチャーってあまりないんです。僕が思うに、サイケデリックロックが70年代、日本に入ってきた時、日本人はよく分からなかったんじゃないでしょうか。日本人はドラッグ無しでももっとドラッギーな音楽が作れたんです。だって分からなかったら想像するしかないじゃないですか。サイケデリック音楽やアートを見て、本当の経験がなければ「クスリをやるってどんな感じ?」ってなりますよね。だからもっと極端で、感覚的なことより、もっとサウンドにフォーカスすることになったんじゃないのかな。それが日本のサイケデリックシーンの特徴のひとつだと思います、日本にシーンがあるとすればですが。これはどこにでも起こり得ることで、分からなければ感覚そのものよりもっと極端な何かで工夫できるってことです。

バンドの経歴の初期に、日本以外で多くプレイされていますよね。その理由は何だったのでしょうか?

それについては、話が長くなるから簡単にお話しすると…、日本には「ノルマ」っていうシステムがあってプレイするのにバンド側がお金払わなきゃならないんです。で、ハコ側が全て握ってる。サウンドもそうだし、ブッキングもハコ側がやる。プロモーターやブッキング専門みたいな人がいないんですよ。で、バンドを組んでライブやりたければ300米ドル払わなきゃならないのが相場です。あと練習にもお金がかかります。日本以外はこんなんじゃないって僕は知ってたから「OK、じゃあ僕らは海外ツアーをすべきだね」ってなって…。僕らの演奏に金を出してくれるっていうオファーをゲットしたら、その後日本でもプレイするけど、それがなかったら…。この世界をグローバルなエコシステム(収益活動協調体制)みたいに考えてるところはありますね。

日本出身のバンドっていうだけで、もっと東京でライブすべきだってことにはならないと思います。東京では年に一度プレイしますが、ロンドンやパリやその他の街と同じです。それがフェアじゃないとか思わないし、僕らにとってその方が理にかなっているんです。


左端:リュウ・クロサワ氏(シタール奏者)(Photo by Ardi Widja)


通常のメンバー構成とは別に、リュウはシタール奏者ですよね。あなた方の音楽に伝統的なサウンドをどのように調和させているのでしょう?

彼は僕の弟なのですが、インドに留学して伝統的な音楽を演奏し、修行してきました。メンバーにシタール奏者がいるバンドは60~70年代の、特に欧米のバンドに多いですよね。僕は、そんなに上手くなくてグダグダで、ありがちなアジアのヴァイブスを帯びた欧米のシタールのサウンドが本当に好きなんです。シタールの件はバンドにとってひとつの挑戦ではあったし、僕らはシタールの要素を違った風に取り込みたいと考えていました。だからリュウはアコースティックじゃなくてエレキのシタールを使っています。あとエフェクターも。伝統的な楽器ではありますが、親しみやすいようもっと現代的な使い方をしているんです。

もしインド出身で伝統的な楽器を持っているとして、まぁこの場合シタールなわけですが、その楽器が普通どのように演奏されるかってこと以外に、どう使ってやろうとかあまり考えることはないと思います。あまりに伝統的で長い歴史があるわけですから…。でも僕らは違う文化圏の出身だっていうだけで異文化から何か拝借したりすることもできるわけで、そういうのが音楽やカルチャーの面白いところだと思います。

とあるインタビューで、最初、幾何学模様の音楽の瞑想的な要素は宗教的アプローチとは何の関係もなく、ただの技量不足のせいだったとおっしゃっていました。初期の頃の方法論からは進化を遂げられたのでしょうか?

技術面については、ちょっと進化したと思います。人前に立つ時や観客の前でパフォーマンスする時、もっと自信が持てるようになりました。でもSoundrenaline(訳者注:サウンド・ルナライン。このインタビュー収録前に幾何学模様も参加したインドネシア最大級の音楽フェス)に出てるようなバンドとか、他のバンドの技術面については「ああ、このドラマーめちゃ上手いじゃん」みたいな感じで見てます。でも僕らは他のバンドがあまり上手くプレイできてないところを見るのも好きなんですよね。一生懸命やってるのが分かるし、僕はそういうのを見てる方が楽しいですね。一生懸命な時ってその人の人柄がよく出ると思うし。まぁその人の欠点を演奏スタイルでどうカバーするのかみたいな話になるわけですが。

クリエィティブな過程については、そうですね…、今トモと僕はアムステルダムに住んでいて、メンバー3人は日本の、それぞれ違う都市に住んでいます(訳者注:別インタビューによると、東京、大阪、福島在住とのこと)。だから作曲のプロセスも変化しているし練習のやり方も以前とは違います。前は一軒家で共同生活で、年中ジャムったりストリートでプレイしたりしてましたから。

だからニューアルバムについてはDropbox(訳者注:ドロップボックス。オンラインストレージサービス)を作って毎週アイディアを落としこんでいます。何だっていいんです。ただのハミングやリズム、自分が聞いたものや好きな曲。とにかく入れとこう!みたいなね。毎週違うフォルダを作って、お互いのインプットを聴き合うんです。で、トモと僕がそこからいろいろ組み合わせて、それをメンバーに送信して感想を聞いてみる。送信された側も僕らの創作に手を加える。で、完成度70パーセントになった時、ツアーをスタートさせてサウンドチェックの合間にどんなサウンドにすべきか考えるんです。常に曲をイジってるから曲が完成したと感じることはありませんね。

曲がいつ完成したかはどうやって分かるんですか?

自分が何を欲しているか分かってる場合もありますが、それってこんな感じなんですよ。何か物をを磨いていて、もっと丸くしようとしてるんだけど、一度磨き始めると形が見えてきて、自分たちがどの程度のところに到達できるか着地点が分かるようになってくる。僕らは自分達にそんなに多くを期待してないですし、自分達のことをそんな真面目に考えてるわけじゃない。だから大抵「ああ、これが僕らにとっての完成品だ」みたいな感じで落ち着くんです。



 


「Stone Garden」(訳者注:最新EP)では、リスナーをまた違った爽快な旅路に導くような新しいサウンドが実験的でした。その背後にあるものは一体何だったのでしょうか?それ以前のレコードと制作過程はどう違いましたか?

「Stone Garden」をレコーディングする計画は特になかったんです。ヨーロッパツアーの合間に2日オフがあって、プラハ出身の友人の一人がスタジオを持ってて、そこで2日間レコーディングすることができたんです。特に素材とかはなかったんですが、ただ3日間そこに籠ってジャムしてました。結果、数時間分のジャムが素材として残ったので、それを僕らの友人に託して、彼が構成とかミキシングとか全てやってくれました。

モティベーションについては「House in the Tall Grass」をリリースした時の出来事から来ています。UKのメディアに、僕らはポップでキュートなサウンドにしようとしてるとか言われて、Tame Impalaと比べてだいぶ良くないとか…。まぁ言いたいことはよく分かるんですが。あと僕は音楽をやり始めた頃の純粋な感情を表現したいとも考えていました。作曲のこととかどうでもよくて、ただ演奏やジャム、そのピュアなエネルギーにだけ注力したい。僕らが「Stone Garden」でやりたかったのはそういうことです。

では「Stone Garden」は2日間のジャムセッションと1件の低評価レビューの賜物だったというわけですね。

その通り。良いレビューを見た時は大抵「いいじゃん」って思うんだけど、悪いのを見た時は、この人たちが嫌いなものを僕は作っちゃったんだみたいになって最初の頃は悲しんだりしてました。でも実際のところこの類の評論って刺激にはなりますね。そういったアイディアを自分の音楽に活かすこともできますから。


あなた方のレーベル「Guruguru Brain」はインドネシアのバンド「Ramayana Soul」のレコードもリリースされています。なぜ彼らに興味を持ったのか聞かせて頂けますか?

Guruguru Brainを始めた頃、アジアの音楽シーンに注目したいと考えていました。とりわけ現在のシーンについてです。ロックはアメリカやUKの人達とか英語が喋れる人達だけのものじゃないってことを証明するのが重要だと考えています。でも現実は、フェスのラインナップを見てもヨーロッパやアメリカのバンドばかり。アフリカや中近東やアジアのバンドなんていない。どうして?もっと多様性が必要じゃないの?僕には違う言語の歌詞の音楽の良さが分かるのに、なんでアメリカ人は違うの?…そういうのが僕らの最初のモティベーションだったんです。

Ramayana Soulに関しては、インドネシア語そのものとはまた別に、僕らには作れないものを持っていますね。伝統的過ぎず型にはまり過ぎず、ほど良いバランス感のあるバンドです。欧米の市場は大きいし欧米人に興味をもってもらう必要はありますが、皆さんの中にアジア人のアイデンティティーを持っていてほしいし、僕らはそれをRamayana Soulの中に見出したんです。




幾何学模様(Kikagaku Moyo)メンバー:
左からトモ・カツラダ(ギター&ヴォーカル)、ゴウ・クロサワ(ドラムス&ヴォーカル)、
リュウ・クロサワ(シタール&キーボード)、コツ・ガイ(ベース)、ダウド・ポパル(ギター)


音楽については、インスピレーションを得る上で誰を尊敬していますか?

僕らは皆んなそれぞれ違った音楽を聴いているから、答えるのは難しいですね。でも、僕らはKing Gizzard & The Lizard WizardみたいにDIY的なアプローチをしている人達からより強い影響を受けています。彼らは自分達のレーベルを持っていて自分達のシーンをサポートしています。特にメルボルンの音楽シーンですね。基本的に従来この種のアプローチは自主制作リリースによるもので、誰も気に掛けてくれないなら全部自分達でやんなきゃみたいな感じでしたが、僕的には今、そのコンセプト自体を変えたいなって思ってます。資本主義体制における政治的表明のひとつとしてね。

レコード会社のオーナー達は、比較的大きなバンドが自主リリースを始めたら業界自体を完全に変えられてしまうって恐れてる。あとオーディエンスは、ライブで物販を買って落としたお金がバンドのサポートに役立つと実感できることに気付き始めてる。でもAmazonでレコードを買っても、商品は届くけどバンドをサポートしてるっていう実感は得られない。アーティストをサポートすることは業界をサポートすることにもなるし、長い目で見れば気に入ったバンドを生かし続けることになるってことを皆んなに気付いて欲しいと思います。

自身のレーベルを所有することで、あなた方は他のバンドを輝かせ、音楽シーンのキュレーションもしていることになります。この点については初めから動機としてありましたか?

そうですね、それに僕はレーベルに反対の立場ではありません。レーベルはいろいろな方法で使えますからね。音楽だけやるバンドもいれば、自分達でマネージメントまでやるバンドもいる。あと、アジア人としてある種のヒエラルキーの存在を感じ始めていたんです。どのバンドもUKやアメリカのレーベルからリリースされるのが最終目標だと思ってるってね。でも自分達でレコードを自主リリースしても海外に出れるわけじゃけない。なんでアメリカで成功することが世界で成功することになるんだろう?インドネシアや日本で成功してもそうはならないのに。そこに文化的なヒエラルキーみたいなのがあるわけです。あと皆んな文化的に洗脳されちゃってて、今の価値観のまま変わりたくなければ変わる必要なんかないって思わせるような時代に今はなっちゃってますよね。

僕はアジアのバンドにアメリカやヨーロッパでツアーできるようになってもらいたいんです。オランダに移住した理由のひとつに、幾何学模様が年中海外ツアーをしてるから海外で物件を購入したというのがあります。自分のレーベルのアーティストにも気軽に来てもらって、無料で使ってもらいたいんです。あとツアーを廻ってたくさんのブッキングエージェントと知り合いになりつつあるし今はコネもあるから、僕らのレーベルのバンドを繋いで海外に呼ぶこともできるわけで、アルバムをリリースして金儲けするだけのレーベルではなくなっています。

あなた方のライブからファンは何を期待することができるでしょうか?ステージ上であなた方のサウンドはどのように変換されるのでしょうか?

何も期待なんかしないで下さい。そして僕らの音楽が好きならどうぞ楽しんで下さい。何のメッセージも押し付けたりしないし、僕らはただプレイするだけです。僕が言いたいことは、今まさにあなたにお話していることであって、音楽で言いたいことなんて何もないです。僕が皆んなに感じて欲しいのは、音楽は普遍的なものであって皆んなが音楽に繋がれるということです。ファンの皆さんにはいい時間を過ごしてもらいたいし、そうすれば僕らもいい時間が過ごせるし、その結果良いエネルギーの交換ができる。ステージでは正直でありたいし、ありのままの僕らを見てもらいたい。僕らは飛びっきり素晴らしくて飛びっきりカッコいいバンドなんかじゃないし、音楽を演りたいだけの普通の人々の集まりに過ぎないんです。





2018年10月5日発売「Masana Temples」より
幾何学模様(Kikagaku Moyo) - Gatherings




何か計画中のプロジェクトはありますか?

ニューアルバム「Masana Temples」をリリースする予定で10月5日にGuruguru Brainから発売されます。今、梱包して発送の準備中です。今後については、ニューシングルとかブラジル音楽のカバーのようなプロジェクトを計画中です。僕らブラジル音楽が本当に好きなんです。でもポルトガル語は喋れないから日本語で歌うとか?あと映画のサウンドトラックをやることにも興味があって、たくさんのアーティストとコラボしたいですね。僕らは物販で年中誰かとコラボレーションしてますから。あとはもっと女性アーティストをプッシュしたいなって考えてます。この業界って本当に男性中心で、僕らの目標としてこれを変えていく力が僕らにはあると思うんです。



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27 November 2017

幾何学模様(Kikagaku Moyo)| The Aquarium Drunkard インタビュー


2017年11月の”来日”ツアーが好評だった逆輸入バンド「幾何学模様(Kikagau Moyo)」。そんな彼らが最新EP「Stone Garden」のリリースに合わせ、渋谷の喫茶店茶亭羽當(さていはとう)で行ったインタビューを翻訳しました。

【元ネタ英語記事】Kikagaku Moyo :: The Aquarium Drunkard Interview(2017年4月20日)

以下、当サイトによる和訳(前文は省略)



幾何学模様はどんな風に結成されたんですか?

幾何学模様:僕[訳者注:ドラマー兼ヴォーカリストのゴウ・クロサワ氏]がギタリストのトモと出会ったんです。トモは映像で留学しててアメリカに住んでたんですが、帰国して再開して「OK、バンドやろうぜ」ってなったんです。2人だけで。僕はドラムをやりたかったんですが、やったことはありませんでした。トモはギターを弾くって言ってたんですが、本当は弾けませんでした(笑)。それでほとんど毎晩、古いスタジオに真夜中から朝まで籠るようになりました。友人が働いてたからタダで使わせてもらえたんです。エンドレスでジャムをしようとして「2人じゃ何もできない」ってことにすぐに気付きました。たった2ピースで何ができるの?ガレージロック的なガレージとか、サイケデリック、どちらにしてもつまらないかもってなって。

それでメンバーを探そうとしたんですが、僕らは経験のない人間を見つけたかったんです。演奏の仕方は知らないけど、ただ一緒に音楽をやりたいみたいな人。あちこちにビラを貼って、大学に行ってサイケデリックなポスターを作って配ったりしていました。トモなんてあちこち貼り過ぎてトラブルになってましたね。「ダメだよ~、何でこんなにサイケデリックのポスター貼りまくってるんだ!?」って(笑)。で、ある日ベーシストを見つけたんですが、彼は自分のドローンプロジェクト用に自動販売機の音をレコーダーで録音しているところでした。僕らが話し掛けて「何やってんの?音楽やろうぜ」「ああ、OK」ってなって。もう1人のギタリストはトモが通ってるのと同じ大学で働いてたんですが、見た目がすげぇ~変わってて。髭ヅラでロン毛でタバコ巻いてて…。「楽器やる?」「やる、やる、やる」「バンドで弾きたい?」「うん、OK」って。僕らはお互いを全然知らなかったんです。それから僕の弟がシタールを弾くんですが、インドから帰国したんです。こうして僕らは一緒に音楽をやるようになって幾何学模様が結成されたというわけです。

ライブについては、東京だと全くシステムが違うから難しいんですよね。演奏するのにお金払わないといけないんです。30分から35分のセットで300ドルが相場です。数回やって「これじゃ何にもならない」ってなって海外に出ることを決意しました。2週間オーストラリアツアーをやったら事がうまく運び始めました。とあるレーベルからオファーをもらって、2014年レヴィテーション(旧名称オースティンサイケフェス)に出演したんです。

それから最初の1枚は英国のレーベルからリリースしたんでしたっけ?

幾何学模様:1枚目はギリシャのレーベルからです。Bandcampに上げたら見つけてくれて「OK、ウチからリリースしてあげるよ」って言われて「ギリシャ?」ってなりました(笑)。他のレーベルにも送っててサウンドが弱過ぎとか言われてたのに。

大人になる過程で楽器はやらなかったんですか?

幾何学模様:あんまり。ピアノは弾いていました。クラシックピアノです。あと学校のブラスバンドでホルンや金管楽器も。トモはチェロを弾くんですが、バンドはやっていませんでした。

君達の始まりのストーリーって本当に素晴らしいですよね。僕はそんな風に結成したバンドを他に知りません。

幾何学模様:サイケデリックって演奏が巧いとかそういうことじゃなくて、もっと共同作業的なものなんです。メンバーのバックグラウンドが全く違ってて音楽も違うものを聴いている。それをどう融合させるか考えたんです。

バンドとして「自分達のサウンドに伝統的な音楽を融合したい」と考えたんですか?それとも弟さん[訳者注:ゴウ・クロサワ氏の実弟、シタール奏者のリュウ・クロサワ氏]がいるから自然とそうなったのでしょうか?

幾何学模様:自然の成り行きでした。僕の弟は今の音楽を全く聴かないんですよ。インドの伝統的なシタールを学んでいましたから。なのでそれをどう融合させるか考えるのは大変でしたが、どうにか形になりましたね。

幾何学模様のサウンドについてですが、特に初期のものはかなり瞑想的ですよね。それって能力不足のせいだったのかな?それとも…。

幾何学模様:能力不足のせいです(笑)。日本のバンドって総じて技術的に巧いんですが、僕らは本当に演奏が下手だったんです。だから「ごまかしちゃおうぜ」「どうやって?」「ドローンをやればマジで瞑想的な感じになる」。そうすれば、何かテーマみたいなものがあってやってるんじゃないかって思ってもらえる(全員笑)。

スモークマシーンを2台買ったんですが、出し過ぎちゃって観客から僕らが見えなくなってしまって(笑)。笑っちゃいますよね。何回か火災報知器が鳴ったみたいで警察と消防が来て止めていました。凄く怒られましたね(笑)。

じゃあ宗教的アプローチだったというわけではないんですね…。

幾何学模様:違います。でも最初僕らは曲作りの方法を知らなかったんです。「どうやるの?」ってコード進行も知らない。何も分かってなかったんです。それで音楽以外の経験からアイディアを得ようとして、キャンプに行ったり山に数日間籠ったりして楽しく過ごしていました。で、「この経験をどう音楽に変えるんだ?」ってなっても多くのことはできないわけです。だけど、僕らが共有した感覚はこんな感じだったっていうのは確かにある。僕らはまた山に楽器を持っていって、その感覚を曲にしようと楽器を弾いてレコーディングしていました。曲作りについて何も分からなかった頃、僕らはそんな風にして自分達だけの場所でスタートしたんです。

友人から聞いたのですが、バンド名は「数学的模様」って意味なんですよね。

幾何学模様:「幾何学」です。

幾何学模様ですか。可笑しいですね、マスロックをやってるバンドかと思ったら君達がやってることは全然違いましたね。

幾何学模様:(笑)。(バンド名の由来は)僕らが夜通しジャムセッションしてたからなんですよ。昼間だとお金がかかるから夜中しか長時間プレイできなかったんです。さっきも言ったようにスタジオで働いてる友人がいたから、真夜中から朝7時まで、夜しかスタジオに行けなかったんです(笑)。だから超疲れてましたね。働いてからスタジオに入ってジャムセッション。あまりたくさんはできませんでしたね。1音出すだけで精一杯(笑)。で、スタジオを真っ暗にするんです。そうすると睡魔が襲ってくるんですが、ノイズ系のライブを観る時って最後まで音を出し続けてたやつが勝ちみたいなのってあるじゃないですか(笑)。最初に止めて見回したやつが負け。ノイズを出し続ける最後の人間にならないといけない。そんなノリでしたね。だから本当に疲れてる時でもプレイし続けるんです。そしたらヴィジュアルが見え始めちゃって…。暗くて何も見えないから皆んな目を閉じてたんですよ。そしたら瞼に模様がたくさん見えるようになって、その経験を皆んなにシェアしたら「いいね、バンド名は幾何学模様にしよう」ってことになりました。

睡眠不足に起因するサイケデリックな経験ですね。

幾何学模様:そのとおり(笑)。

大人になる過程で、メンバーの皆さんは、今、幾何学模様がやってることに影響するようなバンドを何か聴いていましたか?

幾何学模様:日本のバンドで?

日本でも海外でも。

幾何学模様:僕らって「どんなの聴いてた?」って話そうとしても共通するものが何もなかったんです。で、一緒にやり始めて1年後位に共通項が出始めるようになった。ダウド[訳者注:ライブでセンターに所在するリードギタリスト]はヒップホップを聴いてたし、僕は全く違ったクレイジーなのを聴いてた。トモはパワーポップが好きだし、ガイ[訳者注:長身のベーシスト]はブラックメタル好き。だから僕らのうち2人が同じ音楽を気に入った時は「おい、聴いてみろよ」ってなるんだけど、ダウドが「ヤだよ、好みじゃない」って…。CANとかクラウトロックなら好きなんだけど、そんなでもないとか、ホント難しいんです。



それってバンドが本当にピュアなところからスタートしてるってことだから素晴らしいですよね。無理に作られたものじゃないところが。バンドがスタートした頃は、ただ出来ることをやるっていう音楽への実用的アプローチってことだったようですが。

タイラー・ブローレン(マネージャー):サイケデリックを聴いてたのって多分ゴウだけだよね。

ゴウ:うん。他のメンバーは皆んな全然違うからね。そうでもないか(笑)。

タイラー:でも最初出会った頃、日本のサイケデリックのカッコいいのを、ゴウはたくさん聴かせてくれたよね。Strawberry Pathとか。

ゴウ:Flied Egg[訳者注:原文は「Fried Egg」となっているが、正しくは「Flied Egg」]とか。Blues Creationとか。

タイラー:もちろんFlower Travellin' Bandも。

Strawberry Path?

幾何学模様:うん、70年代のヘビーなサイケ・プログレって感じのバンドです。ギターソロだらけの。音楽を聴き始めた頃、昔の欧米の音楽から聴き始めたから、日本にああいう音楽があるってことを知らなかったんです。90年代のJポップを聴き始めた頃「本当にくだらない」、僕の聴く音楽じゃないって思ったんですが、20才位の頃ああいうのを聴き始めて「日本にもこんなカッコいいのがあるんだ」ってなりました。70年代以降のものですが、今では完全に忘れ去られていますね。

見つけるのは大変?

幾何学模様:本当に大変です。でもああいうバンドは欧米での知名度の方が高かったりするんですよ。Flower Travellin' Bandみたいに、ロックンロール好きなら大抵の人は知ってる。

残念ながら僕は知りませんでした。僕が知ってるのは、主にAcid Mothers TempleやBoredomsです。

幾何学模様:Boredomsは80年代後半にノイズバンドとして結成されました。80年代の日本はノイズ戦争の様相を呈していて、誰でも何かもっとクレイジーなことをやれる時代だったんです。Boredomsは大阪出身ですが、大阪は音楽的により極端なんですよ。東京はちょっとお高く留まってる感じ。だからBoredoms以前にはハナタラシのようなクレイジーなバンドがたくさんいたんです。観客にウンコを投げたり、ブルドーザーでライブハウスに来て破壊したり、酒樽を壊して投げたり、クレイジーなやつを誰でもいいから殴りつけたり、放火したり(笑)。小便にゲロ…そういった類の強烈さ。ハナタラシは日本のエクスペリメンタルやノイズのはじまりですよね。








今、皆さんはご自身のレーベルを運営されてるんですよね。日本でそれをやるのって大変なことなんですか?政府から補助金を受けたりしているの?

幾何学模様:いえ、自分達の資金でやっています。Guruguru Brainって名前のレーベルなんですが、東京でいくつかライブをやってみてから設立しました。日本では、通常ライブハウス側に「ウチでイベントやりたいの?ライブのブッキングしたいの」って言われる感じなんですが、それは日本にプロモーターがいないからなんです。日本にはそういったシステムがなくて、プロモーターが存在しないんです。プロモーターのシステムは、メジャーなアーティストだけのものなんですよ。だから普通バンド自身がオーガナイザーになる訳ですが、週末のイベントをやるのに1,500ドル位かかるんです。キャパ100名の小さなハコでもそうです。だから「そんなのアリかよ」って思って他を探すようになりました。タダでライブできるバーとかハコとか何でも。それで東京中50ヵ所以上に電話をかけまくって、とある場所を見つけたんです。“ライブバー”みたいな所で小っちゃくて機材もボロかったんですが、無料でライブさせてくれたんです。そこで毎月サイケデリック・ライブを開催するようになって、今のようなシーンを創り出そうとしていました。

東京近辺だとフツーの地元のバンドのライブでもチケットは2,000円位します。それにワンドリンクプラスして2,500円。高過ぎでしょう。で、ワンドリンクも600円とか700円とかする。東京でも日本国内でも、一度もライブに行ったことがない人がたくさんいるんです。「人生で一度もライブに行ったことがない」っていうのは高過ぎるからなんですよ。だからアンダーグラウンドなままなんです。

そこで、これを変えたいと考えるようになりました。もっとライブに行きやすいようにしたいと。でもそうするには、ライブハウスのシステム全体を変える必要がありました。ライブハウス側が全ての機材やサウンドエンジニアを握ってるわけですから。だからライブハウス側が支払いを要求できるんです。バンドに金を請求できるからプロモーションにも全く関心がない。バンドから金を巻き上げればいいわけですから。で、ライブに来るのはバンドの友達しかいなくて、3人とか(笑)。大体来てるやつもバンドをやってて、友達3人か4人だけ。そうじゃなかったらカノジョ。ショボ過ぎますよね。

キャパ60名位のハコで500円のイベントをブッキングすることから始めました。クールなポスターを制作して日本のバンドをたくさん発掘できたので、「OK、レーベルやろうぜ」ってなってコンピレーションアルバムを制作したんです。無料のコンピレーションです。そしたらアメリカやヨーロッパから寄付がたくさん集まりました。無料だというのに、たくさんの人たちがBandcampで10ドルとか20ドル寄付してくれたんです。そこで僕らは「これはポテンシャルあるな」と考えるようになりました。

アメリカ人の多くが、日本の、あるいはアジアの音楽シーンがどんなものか知りたがっていますが、彼らには分からないわけです。BorisやMonoやAcid Mothers Templeは知っていてもそれだけなんです。だからアジアのバンドを欧米のマーケットに売り込むのをアシストしたいと考えるようになりました。それが僕らのレーベルの始まりです。

幾何学模様のレコード以外で何バンド位リリースしたんですか?

幾何学模様:13枚か14枚リリースしましたが、バンドとしては6バンドか7バンドですね。日本中のバンドをリリースしましたし、韓国や台湾のバンドもリリースしました。台湾は2バンド。インドネシア、パキスタン。タイやベトナムも。

大体がサイケデリック?

幾何学模様:そうでもないです。サイケデリックもちょっといますが、ドローン、エクスペリメンタル、フォーク、ドゥーム、スペースロックやエレクトロニックも。ジャンルにはあまりこだわってなくて地域に重点を置いています。お客さんはアメリカやヨーロッパ在住がほとんどですね。

最近まで流通をやってくれる人がいなくて、以前はメールオーダーのみでやっていました。500枚とかプレスしたらあっと言う間に売り切れました。

そうでしょうね。幾何学模様のレコードはDiscogsに上がりまくっててヨーロッパの変わった国に存在してますよね。

幾何学模様:(笑)そうそう。ギリシャとかイタリアとか。

東欧の国々とか。

幾何学模様:セルビアにイスラエル。5枚とか6枚オーダーしてDiscogsで売ろうとする人もいる。

幾何学模様があの位の数でリリースするのって、金銭的にあの位なら出せるからですか?それとも意図的に限定的なものにしているの?

幾何学模様:僕らとしてはソールドアウトにしたいっていうのがまずあります。それに資金的なサポートがないっていうのもあります。工場がヨーロッパにあって日本まで送らなきゃならないから本当に高くつくんです。それでまた(アメリカやヨーロッパの注文先に)送り返すというね。だから流通をやってくれる業者を探すまでは本当にやってる意味がなかったんです。今は工場からアメリカの業者に送るだけでよくなりましたが、メールオーダーもまだやっています。


インタビューに答えているゴウ・クロサワ氏(中央) Photo by SUB-LATION.



レーベル以外の仕事もやられてるんですか?

幾何学模様:僕はレーベルとバンドしかやっていません。でもトモと他の2人はフリーランスで翻訳やアートディレクションをやっています。そういう仕事ならツアー中や移動中でもできますから。だからダウドはいつもコンピューターを持参していますし、ガイはリハーサルスタジオで仕事してます。

東京のスタジオの状況はどんな感じなんですか?たくさんあるの?

幾何学模様:たくさんありますね。渋谷だとたぶん20軒位。機材がすべて揃ってて時間制で借りられるからとてもいいんです。PAまでいて、やりたければそこでレコーディングだってできちゃいます。ギター、ベース、エフェクター、マイクも借りられて必要なものは何でも揃っています。

僕の妻が言ってたんですが、彼女の学生の中に前回の幾何学模様のアメリカツアーを3回観に行った学生がいたらしいんです。多くの人からそのような熱い反応があったのでしょうか?

幾何学模様:そうですね、中にはマニアックなファンもいます。ギリシャはクレイジーで年配のレコードコレクターの人がたくさん来ました…(笑)。英国の観客は年齢層高めですね。年配のサイケ信者。アメリカの観客はもっと若めです。アメリカはロックンロールの国ですよね。僕はそう理解しました。アメリカに住んでた時には分かりませんでしたが、ヨーロッパを周ってからアメリカに戻ると、ロックンロールのヴァイブスがあるのを感じるんです。

日本の観客からの反応はどんな感じなんですか?

幾何学模様:日本ではほぼ2年間ライブをしてなかったんです。2年前Moon Duoと対バンして、それっきりでした。それ以降、海外ばかりでやり続けてましたから。今ちょうど日本ツアーが終わったところなんですが、お客さんが来てくれるか分からなかったので結構ヒヤヒヤしていました。結局、客入りはとても良くて東京の観客は300人ほどでした。皆さんエキサイティングだったし、僕らは長いジャムセッションをやりました。





今でも日本での僕らの知名度は低くてレコードも売ってないんです。下北沢にJet Set Recordsっていうのがあるのですが面白かったんですよ。僕らがコンタクトしても返信がなかったのに、ウェブサイトを見たらアメリカからの僕らの輸入盤が売られてたんです。

もっと日本でライブをやりたいとは思うのですが、あまりたくさんやりたいという訳でもないですね。東京、ロンドン、ニューヨークみたいな大都市をグローバルな視点で見てみると、ロンドンで1年に2回ライブするとして、東京がベースだってだけでここで7回やらないといけないってことにはならないですよね。

東京だとどんな場所でライブしてるんですか?

幾何学模様:渋谷O-NESTです。ここから近いですね。2階建てになってて、上階がレストラン併設のバーエリアでDJもあって、下の階がライブ会場になっています。

東京で気に入ってるバンドは何かありますか?

幾何学模様:僕らはMinami Deutschってバンドと一緒に住んでます。「南ドイツ」って意味でクラウトロックのバンドです。1枚目のアルバムではモトリックだけ演っていました。ニュービートですね。去年1度ヨーロッパでツアーをやったんですが、もう1度やる予定なのでチェックしてみて下さいね。

そのバンドも君達のレーベル所属なんですか?

幾何学模様:
はい、僕らもMinami Deutschの曲をリリースしていますが、ヨーロッパのレーベルからもCDが出ています。

彼らのレコードもソールドアウトしているの?

幾何学模様:はい、でもリイシューする予定です。

他には?

幾何学模様:Dhidalahですね。DhidalahもGuruguru Brain所属でもっとヘビーでドゥーミーなスペースロックのバンドです。21分、1トラックみたいな。ウチから10インチをリリースしていますが、片面1トラックで2トラックのみです。




5月にまたツアーされますよね?新曲は何か予定されてますか?

幾何学模様:はい、EPをリリースします。アメリカツアー前の4月末に発売予定です。去年プラハでスタジオに入る時間が2日あったので、2日間通ってジャムセッションしました。まだよく聴いてないのですが、その時の全トラックをプロデュースやミキシングをお願いしている友人の一人に託しました。彼は「OK、この2日間のトラックだけ使って全部作るよ」って言ってくれて、それぞれ違うトラックを使って曲にまとめてくれたんです。エクスペリメンタルですが、もっとヘビーなものに仕上がっています。やってみたかったんですよ、バンドを結成した頃って、あるのはエネルギーだけじゃないですか。細かいこととか気にしてなくて何も分かっちゃない。このEPでは、再びそういうエネルギーを生み出してみたかったんです。だからもっと生っぽいサウンドに仕上がっていると思います。

幾何学模様がたくさんってことですね?

幾何学模様:そのとおり。